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しょーしきのしょーしつてん

消失点を探そうと思います

自称の貴重さについて

 ついったーには自称キチガイ廃人中毒がいっぱいいるわけですが、それにしても振れ幅が大きく、キチガイ廃人中毒とは一体なんなのかという話になってきて、自称なんて当てにならんよなあと思うのですが、それでも、自分のことを自分で規定しておくのは別に悪いことじゃないんじゃないかなと思うわけで。
 問題なのはそれが外部に規定されている言葉であるということで、先の例でいえばキチガイ廃人中毒で、ついったーに限らなくても自称オタクとか自称ロリコンとかがあるんですが、すでにある言葉に自分を合わせていくならともかく、すでにある言葉をなんとなく選んで、それと自分が違うか否かを考えていないのはさすがにおいおい自分のどこを見てるんだってこと。
 そういうのが嫌なので、私は少女主義者を自称しているわけなんですが、何故ロリコンという言葉が嫌いなのかといえば、ロリコンという言葉があまりに広い範囲を示す言葉であり、ロリコンという言葉の定義争いが非常に鬱陶しいので、自分を規定する言葉として少女主義者を名乗っているわけです。例えばロリコンという言葉の意味が私が使っている少女主義者という意味に完全に置き換わるなら私はロリコンを名乗りますし、その逆ならば、私は少女主義者を名乗ることをあきらめざるを得ないでしょう*1
 で、そういう定義上のめんどくささを回避したければ、例え稚拙であろうとも自分が何者であるのか自分の言葉で決めておいた方がいいんじゃないのという話で。既存の言葉の組み合わせでもなんでもいいから、既存の言葉に自分を当てはめようとして、それとの違いで人から難癖つけられたり自壊しちゃったりするよりかは。


 少女主義者の少佐による演説

*1:ちなみに少女主義でぐぐる「オリーブ少女主義者」というのが引っ掛かるのですが、私が名乗る少女主義とは違うものなのであしからず