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しょーしきのしょーしつてん

消失点を探そうと思います

折木奉太郎という名前に関する一考察

感想

 オタク大好き名前考察コーナー!
 非常によくないことだと思うし、私自身の方向性としてもあまりこういうこと書かない方がいいよなあと思ってはいるのだけど、ちょろっと思いついたのでなんとなく考えたことをまとめて置いておく意味も込めて。
 ちなみに私は米澤穂信作品は古典部シリーズを「遠回りする雛」まで読んだだけで、他の作品についてはまったくのノータッチであるため、作
者の名前付けの法則性について(あるのか知らんけど)の理解はできていないので、あしからず。
 それで、折木奉太郎という名前について。まずもって、折木という名字がまず作中での行動そのままっぽい。すなわち千反田さんの「わたし、気になります」に対して、断りきれずに折れる、といういつもの流れのことである。これがもし名字が「立木」だったりしたらこんなに気になりますに逆らえない造形になったんじゃないだろうか。
 次に、奉太郎という名前について。もちろんのこと注目点は奉という一字でに決まっている。その字のごとく、奉太郎は千反田さんの「気になります」について身(というか頭)を奉じているといえるだろう。思えば千反田家が「桁上がりの四名家」などと呼ばれている通り、奉太郎と千反田さんを比べた場合、立場がより上なのは千反田さんなわけで、それを考えると、奉という字の通りの立場関係なのだといえるのではないだろうか。
だいたいそんな感じです。
 あとついでにいうならば「ところでお前が諦めた経営的戦略眼についてだが、俺が修めるというのはどうだろう?」なんてまさにまんまじゃないですかムキー。