読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

しょーしきのしょーしつてん

消失点を探そうと思います

もはやジャスコすら懐かしい

思ってること総合

 ジャスコが懐かしい。イオンがジャスコもサティも飲み込んでいってしまう。2011年に最後のジャスコがなくなってしまい、今や全国のどこを探してもジャスコもサティも残っていない。今でこそ田舎のマイルドヤンキーのたまり場である巨大ショッピングモール=イオンという風潮が出来上がってしまったが、私の幼少時の記憶にあるデパートは、やはりイオンではなくジャスコなのだ。店舗が残ってイオンに店名が変わっただけの地域はまだ運がいいといえる。私の幼少時のジャスコは近場に二軒あったが、どちらも店舗が残っていない。どちらもより大型のイオンが別な場所に建ったが、それはかつてのジャスコと全く違うものであって、ジャスコに行きたいと思ってイオンに行ったとしてもジャスコに行きたいという欲求が満たされることはないということを理解してもらいたい。

f:id:syousiki:20140526143724j:plain

 私にとってジャスコといえば二つの店舗の事を指す。

 一つはジャスコM店。文句なしで近隣では一番大きなショッピングセンターであり、要するに一番広いおもちゃ売り場があった場所だ。道路を挟んだ反対側には家電製品店やスポーツ用品店、100円ショップ、大型書店も同時に存在し、ジャスコで売っていなかった本でもそちらの書店に行けばどうにか手に入る、といった感じの棲み分けが出来ていた。現在は店舗は存在せず、敷地には仮設住宅が建っている。
 
 特徴はフードコートがなかなか豪華だったことである。フードコートといっても、好きなものを買って勝手に座って食べるようなものだけでなく、きちんとエリア分けされてレストランのようになっている区画も存在していた。

 そこにはまず、ファミリーレストランがあった。カレーライスからエビフライ定食まで、所謂養殖的なものが一通りそろっており、サイドメニューもフライドポテト(おそらく冷凍物)から鶏のから揚げまで、それなりのバリエーションがあった。
 次にかっぱ寿司があった。店舗の外にはベンチが置いてあって、休日になると大勢の家族連れが列を作ったのを覚えている。当時の記憶が正確ならば、そこのジャスコ以外には回転寿司店は存在せず(おそらくきちんとした回らない寿司屋とか、蕎麦屋みたいなところの寿司は多分あった)、気軽に寿司を食べたければジャスコに行くしかなった。

 フードコートに目を向けると、ケンタッキーがメインを張っていた。白いベンチとテーブルが所狭しと並べられており、「遊びに来たはいいが金がない」とかいっていた友人はポテトSだけを頼んで水を飲んでいた。そこに並んでいるのはソフトクリームやソフトドリンクを売るコーナーで、ソフトクリーム以外だとかき氷をはじめ、メロンフロートやコーラフロートも売っていた。昔、買ってもらったばかりのソフトクリームをそのまま地面に落としてしまい泣いた記憶もある。

 フードコートの奥のところでは石焼ビビンバを売っていた。それ以外にも「石焼ラーメン」(石焼ビビンバの器にラーメンが入っている。ものすごく熱い)や「石焼あんあけチャーハン」(記憶が怪しい。別なファミレスかどこかで食べたものと混合しているかも)なんかも売っていた。値段がケンタッキーと比べて多少高くなるので、遊びに来た中学生なんかはあまり手を出さなかった。あのジャスコにおけるケンタッキーというのは「ディズニーランドにおけるチュロス」のようなものだった。
 そして、フードコートと並んでゲームコーナーがあった。ゲームセンターのような規模ではなく、コンビニキャッチャーやレースゲーム、メダル落としといった子どもや家族がお金を落として行ってくれそうなゲームがあるのみだった。格闘ゲームのようなものがあったのかどうかは記憶が定かではないが、何故か「電脳戦記バーチャロン」の大型筐体があったのが印象的だった。レースゲームにはたまに人がいるが、同じような筐体のそちらにはほとんど人がいない、という状況をよく見かけた。私もたまに遊んでいたが、遊ぶ人が少ないためメンテナンスはあまりされておらず、閉店間際になると2P側の左攻撃ボタンが効かなくなっていて、中央攻撃が左右の攻撃ボタンを同時押しするという使用上、右攻撃しか出せないという状態に陥っていたが。

 もう一つのジャスコジャスコW店である。ジャスコM店よりも規模は小さかったが、M店よりも距離が近く、大きな滑り台などの巨大な遊具があったのが特徴的だった。祖父や祖母に連れられて行ったときはずっとそこで遊んでいたし、中で買い物をするよりも外の遊具で遊んでいることのほうが間違いなく多かった。第一中のおもちゃの品揃えがM店よりも悪かったので、幼少時の私にとっては外のほうが魅力的だった。こちらにもフードコートはあったが、精々ラーメン、カレー、焼きそば、たこ焼きなどを出す程度で、あまりここで食事をメインにしようという空気ではなかった。同じジャスコでも、こちらに連れてこられると露骨にがっかりしたものである。
 
 もともとの立地が悪かったためか、こちらはM店よりも先に閉店し、跡地はパチンコ屋になってしまった。近所にできたホームセンターは同程度の規模の駐車場を備えておりかなり広いが、同様に近所にできたしまむらは何度かの改装の後に店を畳んでしまい、現在は空き店舗となっているのがとても寂しい。
 
 ジャスコは2つ、といったが、他にも私の印象に残っているジャスコ系列店舗が何件かある。一つはサティI店である。現在は店舗そのままでイオンI店となっているが、国道4号のバイパス沿いに新たに大きなイオンが経ったため、一部の利用者からは「サティのほうのイオン」などといわれていたりする。実際に、現地の女子高生が「イオンいこ」「どっち?」「サティのほう」といった会話をしているのを聞いたことがある。ついでにいうならば駅からバスで行くことができるのはこのサティの方のイオンである。このサティの方のイオンは店舗はそのままなのだが、中に入っている専門店街や飲食街は昔とだいぶ様相が違ってきている。昔と比べて、簡単に食べてすぐに出ていける、あるいは持ち帰りができる店に移り変わった、という印象である。ただし多くの人が利用するミスタードーナツは健在。
 
 それから、少し北のほうにあるジャスコM店である。ミニ四駆ブームの頃に、おもちゃ売り場に大量のミニ四駆が並べられていたことを覚えている。おそらく、県南地域のジャスコ系列店としては最大規模であり、当然のように2階建てだった。ジャスコであったころとイオンになってからで数えても両手で数えられる程度しか行ったことがないが、その店舗の巨大さとミニ四駆の品揃えから、とにかく印象に残っているジャスコである。

 最後は、南にいってジャスコS店である。外を見ると巨大観音が見えるのが一番の店舗としての特徴となっている。ここに初めて入ったのはベイブレードがブームだった頃で、そこで買った限定生産のメタルカラーベイブレードを家に帰って開封したところ、アタックリングが2枚入っていて代わりにウェイトディスクが入っていなかったという経験をしたことがある。その後電話を入れたところ別な品物と交換してもらえた。また、当時大金をつぎ込んでいたデビルチルドレンのカードゲームの大会に初めて参加した場所でもある。カードゲームの大会というのも初めて出たので、どういう心持で臨んだらいいのかどころかどんなデッキが強いのかも理解していなかった。ちなみに当時のカードは今でも持っているし、ガチで対戦するのも不可能でないデッキも手元にある。

 以上、5つのジャスコの思い出を語って見たが、悲しいのはこれらのジャスコは今や存在しないということである。イオンを文化の退廃、田舎の象徴のように扱う風潮が存在していて、私自身もイオン以外の選択肢を導き出せない人や地域が良い場所だとは思わない。だが、イオンが奪ったのはそういった可能性や地域の商売だけではない。イオンは、かつてのジャスコすら奪っていったのだ。